ホーム/目次/第3章 熱い岩石の星・地球
火山/マグマ/鉱物と岩石/地震/地球内部を探る/プレートテクトニクス/大陸移動と造山運動
サブテーマ(解説) 大陸移動説からプレートテクトニクスへ
ウェゲナーの大陸移動説
プレートテクトニクスの歴史に触れるとき、必ず紹介される人物がいます。それは「大陸移動説」を最初にはっきりと唱えたドイツのアルフレッド=ウェゲナー(1880〜1930)です。大西洋の両岸の形が、パズルのように良く合うことは、多くの人が気づいたことでしょう。彼は形だけでなく、大西洋両岸の対応する部分の地質や化石に、多くの共通点があることを見出し、図1のような大陸移動の復元を試みました。
図1 ウェゲナーの考えた大陸移動
彼の洞察は先駆的でした。図1の復元は今日のものと比べても、大筋は共通です。また、彼は造山運動の原因が大陸移動であると考えました。当時は、大陸移動などと言う「バカげた空想」ではなく、大陸の上昇沈降による説明、つまり大西洋にはかつて大陸(陸橋)があったが、現在は沈んでしまったとする考え方が主流でした。ウェゲナーは、軽い大陸地殻はアイソスタシー(地殻の均衡)から考えて、沈んで海洋になることはあり得ないとする地球物理学的考察により、大陸移動説の方が妥当であると唱えました。しかし同時に、大陸が移動するしくみを地球物理学的に説明することも、当時はできませんでした。後年のプレートテクトニクスが地球物理学主導で登場したことを考えると、ウェゲナーはまさに早すぎた天才でした。
大陸移動説の復活
プレートテクトニクスがポピュラーになった頃、ウェゲナーがその創始者であるかのような説明も見受けられましたが、そうではありません。ウェゲナーの大陸移動説は一時的に話題になったものの、やがて忘れ去られました。そして1950年代後半になり、大陸移動説は全く別のところから復活することになります。
磁石が北を指すのは、地球自体が大きな磁石だからです。ところで、岩石の中には磁気を帯びる鉱物が含まれています。例えば、砂鉄の正体である磁鉄鉱などです。これらの鉱物は、できるときに当時の地球磁場の方向に沿って磁化されます。したがって、古い岩石の磁気を調べると、その岩石ができたときの地球磁場の様子を知ることができます。この原理を用いて、過去の磁極を推定したのが図2です。

図2 磁極移動を示す2本の軌跡
この図には2つのポイントがあります。一つ目として、左図の軌跡aを見てください。aはヨーロッパ大陸の岩石に残された磁気から、古生代カンブリア紀(5億年前)〜現在の磁北移動の軌跡を再現したものです。磁北と地軸(地球の自転軸)が大体一致すると仮定すれば、aはヨーロッパ大陸の方が磁北に対して移動した証拠と見ることができます。ポイントの2つ目は、同じことを北米大陸の岩石で行った軌跡bです。ここでも磁北の移動が示されますが、磁北は一つしかないはずなのに、軌跡bはaに全く一致しません!そこでヨーロッパ大陸と北米大陸が過去には一つであったと仮定して、両者の軌跡を右図のように移動してみると、軌跡の中程の時期において、2つはピッタリ一致します。この時期には両大陸は一つであり、その後離ればなれになったと考えればつじつまが合います。これは大陸移動の動かぬ証拠と考えられ、大陸移動説は再び大きく浮上しました。
海洋底拡大説
戦前の地質学は、陸上で観察できる地層や岩石のデータに基づいていました。しかし、地球を理解するには、7割を占める海底のことを知る必要がある、といった機運が高まり、戦後は海底の調査が精力的に進められました。そうすると、海底には延々と連なる海嶺があることがわかってきました。1960年代初頭、先駆的な科学者が、「海洋底は海嶺を軸に両側に拡大していて、新しい海洋底が海嶺で生産されている」とする説を唱えました。いわゆる海洋底拡大説の登場です。その頃、陸上の岩石の研究から、地球の磁極がしばしば反転(磁北と磁南が入れ替わること)してきたことが示されていました。一方、海洋底の磁気異常(正逆)は海嶺を中心に対称の縞模様を示すことも分かってきました(図3)。もし海洋底拡大説が正しければ、磁極反転と海嶺の縞模様は見事につじつまが合うことになります。奇想天外な珍説と思われた海洋底拡大説は、このようにまず先駆的な地球物理学者により受け入れられていきます。
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図3 海洋底拡大のテープレコーダーモデル 海洋底の磁気異常の縞模様を海洋底拡大説により説明するモデル。図はアイスランド南方(大西洋中央海嶺の例)。 |
ウェゲナーの大陸移動説は、海洋底の上を大陸が漂移するとしたところに無理がありました。しかし海洋底そのものが移動するのなら、大陸が移動することも無理なく説明できます(図4)。また海嶺で海洋底が拡大するのなら、一方で閉じたり、横にズレ合ったりするところもあるはずです。前者として海溝からの沈み込みが、後者としてトランスフォーム断層が考えられました。このようにして、海洋底拡大説と大陸移動説は、「地球の表面は水平移動する数枚のプレートでできている」という考え方、すなわち(狭義の)プレートテクトニクスへと発展しました。その基礎は幾何学的な検討と海洋底探査により、1960年代には大体完成しました。
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図4 海洋底拡大説 初期の概念図だが、海洋底が海嶺で誕生し、海溝から沈み込んでゆく様子が明瞭に描かれている。地表に乗った大陸が漂移すると考えたウェゲナー説と異なり、海洋底と大陸は一続きの部分として移動するとしたところに注目。 |
プレート・テクトニクスによる造山運動の再解釈
新興の地球物理学に対し、伝統的な地質学は地層や岩石を調査してきました。地質学にもいろいろな専門がありますが、共通の大きなテーマは造山運動です。厚い地層が強く褶曲して変形し、マグマの活動や変成作用が起こり、やがて一大山脈となり大陸地殻に転化してゆく過程の全体を造山運動と呼んでいます。つまり単に「山を造る」だけでなく、もっと広い意味を含む言葉です。多くの地質学者が陸上の地層や岩石を研究し、そこから編み上げた造山運動論がすでにありました。ところが一部の先駆的な地球物理学者や海洋底研究者から提案されたプレートテクトニクスは、それとは全く異なるものでした。そこで1970年代以降、プレートテクトニクスに基づく造山運動の見直しが急速になされました。
造山運動が現在起こっている場所は、環太平洋地域やヒマラヤ−アルプス地域だと考えられていました。プレートテクトニクスの目で見直すと、そこはまさにプレートどうしが閉じるところに相当します。環太平洋地帯を典型とする、海溝に並行する造山帯は、もぐり込む海洋プレートの作用という統一的な観点から見直されました。ヨーロッパや北米東部の研究から組み立てられた戦前の造山運動論と異なり、今度は北米大陸西岸、日本、ニュージーランドなどの研究が大いに貢献しました。ソ連(当時)や日本では、プレートテクニクスへの抵抗が大きく、1980年頃まではプレートテクトニクスの導入に否定的な地質学者も多数いました。しかし、やがて日本にも世界をリードするような研究が生まれてきました。日本は海洋プレートが沈み込む島弧であることから、特に島弧の造山運動の解明に大いに貢献しています。
例えば、島弧火山帯のマグマの成因について、海洋プレートのもぐり込みという新たな観点から多くの研究が行われています。また島弧にしばしば現れる対になって並行する変成帯は、冷たい海洋プレートのもぐり込みによる低温高圧型の変成帯(海溝側)と、島弧火山帯に伴う高温型の変成帯(大陸側)にそれぞれ対応するとされました。さらに1980年代以降、放散虫などの微化石を用いて、それまで不明だった地層(例えば西南日本外帯の四万十帯)の時代が分かり、日本列島はアジア大陸縁の付加体として太平洋側へ順次成長してきたことが分かりました。今では日本列島は世界で一番詳しく研究されている島弧です。
一方、ヒマラヤやアルプスのような大山脈は、海洋プレートの沈み込みに続いて、ついに大陸プレートどうしが衝突してできることが分かりました。いずれにしろ、造山運動はプレートが閉じる過程の出来事として、統一的に理解できるようになりました。
「造山運動」と言う言葉は、主に大陸地殻ができる過程を指します。しかし、前項で述べたように海底で起きていることも大変重要です。山や海に限らず、地球の大きな構造ができる過程の全体をテクトニクスと呼びます。最近ではプレートテクトニクスと言う場合、狭義の意味ではなく、造山運動論を含む広い意味で使われることがふつうになりました。
解説 変成岩と変成帯
プレートテクトニクスを越えて
以上のように、プレートテクトニクスは地球科学のいわば標準理論になりました。プレートテクトニクスにより初めて、地質学者、地球物理学者をはじめ、様々な分野の科学者が地球を論じる共通の土台ができました。多分、プレートテクトニクスの最大の功績はこの点だと思います。
さて、これで問題はすべて解決したのでしょうか。もちろんそうではありません。研究が進めば進むほど疑問も深まるのが、科学なのです。実はプレートテクトニクスが機能しているのは、地球のほんの表層、せいぜい数100kmに過ぎません。その下にひろがるマントル、核はどうなっているのか。地球史の中でいつからプレートテクトニクスは機能しているのか。他の惑星にはないのか。気候や生物の進化との関係はどうなのか・・・・。1980年代後半から、プレートテクトニクスの検証や応用ではなく、それを乗り越えるための研究が始まっています。
例えば、日本人研究グループが大いに貢献しているプルームテクトニクス説があります。地震波トモグラフィーという新技術によりマントル対流の実像がやっと見えてきました。それによると南太平洋やアフリカの下には、高温のマントルがキノコ雲のようにわき上がっているというのです(ホットプレーム)。またアジア大陸の下には、すでに沈み込んだ海洋プレートの残骸がたまり、さらに核へと崩落していると言います(コールドプルーム)。こうした地球規模の大きな対流が地表に表れたのが、プレート運動だというわけです。まさにプレートテクトニクスをはるかに上回るスケールの大きな話です。今や地球科学は新たな黄金時代を迎えつつあります。
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図5 プルームテクトニクス 図4との違いが、30年間の進歩に相当する。地球内部の描き方が大変詳しくなっていることに注目。 南太平洋とアフリカの地下に巨大はホットプルームがある。沈み込んだ海洋プレートは上部マントルの底に滞留した後、核に向かって崩落する。 46億年地球は何をしてきたか?/丸山茂徳(1993)より |
【*1】 地向斜造山論・・・造山運動について、プレート・テクトニクス以前の時代に地質学者が考えていたのは、「地向斜造山論」という考え方です。海底の細長い地帯に厚い地層が堆積し、やがて中心部に大量のカコウ岩が貫入し、変成作用が起こる。中心部は軽いカコウ岩の浮力を得て上昇し、山脈をつくり、浸食により深部が露出する、と言うものです。中心部にカコウ岩や変成岩があり、両側に未変成の堆積岩がある、という造山帯の姿を一般化した考え方です。19世紀、北米東部(アパラチア山地)の研究から唱えられ、その後一般化しました。日本では日高変成帯がこの典型とされ、1970年代まで、多くの日本人地質学者は地向斜造山論にそって日本列島の地史を考えていました。
図6 地向斜造山論
1980年代の高校教科書には、プレートテクトニクスと地向斜造山論が両方とも記述されています。例えば、1984〜86年度教科書では、島弧の地震や造山運動、大陸移動、海洋底拡大などについて約10頁分の詳しい記述がある一方、地向斜造山論に基づく日本列島の生い立ちや造山運動(図6)についても約10頁分の記述があります。出版社にもよりますが、両者の関係は不明瞭で、地球全体を地球物理学的に見るときはプレートテクトニクス、地史を地質学的に見るときは地向斜造山論といった棲み分けがなされています。その後、地向斜造山論は1987〜89年度教科書では大分後退し、1990〜94年度教科書ではコラムなどで過去の説として軽く紹介され、1995年度以後の教科書で消失しました。
理科教員が自身の専門外の科目を担当するとき、一番困惑するのが地学です。特に地質岩石の分野がやりづらいと言います。その一つの原因として、このプレートテクトニクスと地向斜造山論の並列があったに違いありません。19世紀以前に確立された内容を教えるのに慣れている教員にとって、学界の論争がわずか(!)数年遅れで教科書を大きく変えてしまうような科目は、何とも困るでしょう(そこが他科目にない魅力なのですが)。教科書執筆陣にもプレートテクトニクス、地向斜造山論に対し、それぞれ立場や思いもあったでしょうから、学習指導要領のしばりや出版社の意向との葛藤も強かったに違いありません。当時の教科書を読むと、そんな葛藤がそれぞれ文面ににじみ出ていて興味深いです。
【*2】 プレートテクトニクスへの抵抗・・・「地層や岩石についての地質調査データを地道に積み上げていけば、造山運動論のような大きな体系が自ずとでき上がる」・・・わけでは決してありません。個々のデータを解釈するには、強力なモデルの助けが必要です。地向斜モデルは、その場で下から上へと堆積した地層が、その場で浸食されたり、変成・変形したりすることを前提としているので、地質学者にとっては無理がない使いやすい枠組みでした。また、地質学者自身がが建設した体系として愛着もあったでしょう。これに対し、プレートテクトニクスは地球物理学者が提案したモデルです。地質学者の中には「今まで地向斜論でそれなりにやってきたのだから、わざわざプレート論に乗り換える必要はない」「俺たちは山を歩いて丹念に地質を観察した。プレート論のような大ざっぱなホラ話は許せない」・・・と言ったアンチプレート気分の強い人も大勢いました。私自身、学生時代に自分の行っているローカルな地質調査が、プレートテクトニクスという大きな体系に対して否定も肯定もできない、ただプレート説にしたがって解釈するだけ、という状態に困惑しました。視野の狭かった私の不足なのですが、若かった私はそんな「地質学」自体を恨みました(笑)。逆にプレートを恨んだ人もいたでしょう。科学は、ある意味で解釈(説明の体系)ですから、伝統的な地質データだけなら、地向斜造山論で解釈することは、現代においてさえ可能かも知れません。現場の技術者や教員の中では、今でもアンチプレート派の方に出会うことがあり、興味深いものがあります。
関連サイトと参考書
| 生命と地球の歴史/丸山茂徳・磯崎行雄 岩波新書(1998) |
著者は現在の地質学のエース。新書とは言え、全地球史にわたる最新の知見が紹介されており、かなりの予備知識が必要。構成もこなれていない。それでも、著者たちのものすごいエネルギーは圧巻、地球科学は今やただならぬ進展を遂げつつあることが伝わる必読の書。 |
| 46億年地球は何をしてきたか?/丸山茂徳 岩波書店、地球を丸ごと考える2(1993) |
高校生や一般の方にはこちらがオススメ。分かりやすく、研究現場の熱気もよく伝わる。 |
作成2002年1月 最終更新2002年11月